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2014.04.25.09:05
花子とアン ねたばれ

花子とアン

しばらくは花子ちゃんは、子役をみていたいなーと思っていたら、

ああ、もう大人になっちゃいましたか。

人間ひっしになれば、なんでもできるものなんですね。

歌をきいただけで英語なのに、小作人の娘だのに、うたえてしまうのは、

絶対音感というのでしょうか。よほど必死にならなければ、お嬢様でもない花子が、英語を覚えるのは、難しい。


1話だけ見逃しちゃって、どうして花子があの学校に入れたのかと調べたけど、、

お父さん、素敵なお父さんですね、花子の才能を見抜いて、行動。

女学校への学費はどうしたのだろうか?

赤毛のアンの原作者 ルーシー・モード・モンゴメリのことはよく番組でとりざたされていますが、

そういえば、日本語訳の村岡花子さんのことは知らなかったなあ。


花子とアンへの道: 本が好き、仕事が好き、ひとが好き

モンゴメリは孤独で、孤独のなかから、赤毛のアンを書いていたとか。

赤毛のアンは、素敵な女性、というより変わってる夢見る女の子。

モンゴメリが生後21ヶ月(一歳9ヶ月)のとき、母クララ・ウールナー・マクニール・モンゴメリが結核で亡くなると、父ヒュー・ジョン・モンゴメリはカナダ西部へ移住したため、モンゴメリはキャベンディッシュの農場に暮らす母方の祖父母、アレクサンダー・マーキス・マクニールと、ルーシー・ウールナー・マクニールに厳しく育てられた。マクニール家は文才に恵まれた一族で、モンゴメリは祖父の詩の朗読をはじめ、叔母たちから多くの物語や思い出話を聞いて育った。しかし、一部の叔母たちを除いて、保守的な祖父、口うるさく支配的な祖母、モンゴメリの欠点をあげつらう親族のことは嫌っていた。

1890年 (15歳のころ)には父と継母と暮らすため、サスカチュワン州プリンス・アルバート に送られたが、1年後にはプリンス・エドワード島の祖父母の家に戻っている。11歳しか年の違わない継母からは子守りと家事手伝いを命じられ、勉強をしたいという夢を打ち砕かれるが、この時期に書いた詩やエッセイが新聞に掲載され、作家を目指すきっかけとなった

花子とアン』(はなことアン)は、2014年 (平成26年度)上半期に、NHK総合テレビジョンBSプレミアム で放送される連続テレビ小説 ・第90シリーズの作品である。


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